当店では季節に合わせたチラシを作成し、新聞折込にてお届けしております。
不定期ではありますが、皆様にその時その時をふと感じていただけたら幸いです。


きょうは父の日

2026.6

路傍に咲く紫陽花が、雨の滴で白や紫、薄紅色の花びらを一層美しく見せています。

日頃は読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。

六月は時節柄どうしても雨が多く、配達には細心の注意を払っておりますが、皆様にご不便をおかけしていることはございませんか。ご意見がございましたら何なりとお申しつけください。

今年大学を卒業し、今は建設会社に勤める一郎さんには、小学三年生の時に大好きだったお母さんを病気で亡くす大変辛い体験があります。「ママ、ママァー、どうして… 」一郎少年は、あまりにも悲しくて三日間も泣き続けたそうです。

ある日、お父さんはお姉さんと一郎君を前にして決意表明をします。「今日からパパはママの役目もする。かといってママのようには出来ないが頑張るよ。一郎もいつまでも泣いていたら、ママは天国で安心していられないよ。とにかくママが安心できるように三人で力を合わせ、ママの分まで生きようじゃないか」。一郎君は背筋がピンとして、もう泣かないぞと心に誓いました。

それから十年余りの歳月が流れ、一郎さんが二十歳の節目を迎えた時、お父さんから「大人になるとは悲しみを乗り越え、人に感謝できる心のありようをいうんだよ」と言われた言葉が彼の胸に突き刺さったそうです。

父親とは…とか、父親の覚悟とは…などと難しいことを言うつもりはありませんが、自分の身をなげうって家族を守ってきた一郎君のお父さんは、本当に勁い人だなと思います。

作家の遠藤周作さんは、父親の理想は西部劇のカウボーイだと言います。牛の捕まえ方やピストルの撃ち方など身をもって教え、将来の生きる知恵を学ばせる。しかし、たいていの父親はそこまでは出来ないから、それを認めたうえで要点だけを教える。それは、①立場の弱い人をばかにするような子どもになるな。②学校で先生からよく思われるため友達を裏切るな。③自分の弱さを隠すため先生や親に嘘をつくな。狐狸庵先生ならではのユーモアと説得力のある教育方針だと思います。

母の日に比べると少し地味な印象は拭えない父の日ですが、今日は一郎さんに成り代わりお礼を言いたいと思います。

「父さん! 時々姉さんとも話すんだが、父さんへの恩は言葉では言い尽くせない。だから今日はひと言、『ありがとう…』を伝えます」。


きょうは母の日

2026.5

厳しい冬を通り越し、季節は春から初夏へと。そして時は五月、見るもの感じるものが瑞々しく躍動感あふれる今日この頃です。

日頃は読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。

山口百恵さんが歌った名曲『秋桜』は嫁いでいく娘と手離す母親の微妙な心の揺れを表現し涙を誘います。歌詞の美しさと深さが、旋律の哀しさと見事に調和し、思わず聴き入ってしまいました。こんな心にしみる曲をどうしたら作れるのか、作者さだまさしさんの底知れぬ才能に敬服するばかりです。

嫁いでいく娘を思う母の心の中は…きっと思いはただひとつ、「健康で夫婦仲よくやっておくれ」なんでしょうね。

三年前に最愛のお母様を見送られたA子さんがお母さんへの思いを手記にしてくださいました。

「母は八十七歳で他界しましたが、七十歳を過ぎる頃から原因不明のめまいに悩まされ、病院の入退院を繰り返していました。よく私に、お金も宝石もいらないわ、ただ欲しいのは健康だけねと言っていました。少しずつ悪くなっていく病状。明確な治療方法が示されない毎日に、母はいらだち苦しんでいたのでしょう。今考えても可哀想でなりません。

幼少期、私にとって母は何でも知っている何でもできるスーパーウーマンでした。成長し、中学生・高校生になる頃は、私にとって母は、何にも分かってくれない考えが古すぎると反発ばかりの対象でした。私が二十五歳で結婚した頃の母は、何でも相談できる親友のような人でした。私が五十歳の頃は、お母さんだったらどうするだろうと考えていました。そして母を亡くして今つくづく思うことは、もっともっと相談しておけばよかったなぁということです」。

母親とは哀しいもので、いくつになっても子供のことばかり心配しています。自らも還暦を過ぎ、二人の孫のおばあちゃんになったA子さんは、時々命の持つ不思議な力を感ずるそうです。それは母親になった娘の何気ない仕草や孫のちょっとした表情に自分を重ね合わせてしまう。命の継承なんでしょうね。 

母の日や 鏡の中に 母の顔

村上万寿香さんの句にふれると、くすっと笑みがこぼれ、ほっとしたりもします。

今日は母の日。普段思っていてもなかなか口に出して言えない気持ちを伝えたいと思います。

「おふくろさん! 母さん! ママ! いつもありがとう。いつまでも元気でね」。

春・旅立ちの季節(とき)

2026.3〜4

立春から雨水そして啓蟄から春分とめまぐるしく季節は進み、本格的な春の到来となっております。春の木花といえば梅と桜が思い浮かびます。梅が春を知らせれば、満開の桜が応える。なんと美しい光景でしょう。 

今年も早いもので三ヶ月余りが経過しましたが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。また日頃は読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。 

春は旅立ちの季節ともいいます。そこかしこから若者の歓声や抱擁、すすり泣く声も聞こえてきます。思い出の学び舎に別れを告げ、お世話になった先生には御礼の言葉を、親友たちとは再会を誓う。毎年のことながら「若いっていいなぁ」とつい自分の若い頃を思い出しながら微笑んでいました。 

今年高校を卒業したみゆきさんは、四月から医大の看護学科に進学します。彼女は中学一年の時に交通事故に遭い、半年も学校に行けず治療とリハビリに明け暮れたそうです。絶望し落ち込んでいた時、励ましてくれたのが天使のような看護師さんでした。「大丈夫よ、しっかり治せばみゆきちゃんならすぐ取り戻せるわよ」。彼女はその笑顔にどれ程励まされたことか。さらに高校一年の時には、大好きなおばあちゃんが大病を患い、ショックを受けました。毎日病院にお見舞いに行った時も優しい看護師さんがおばあちゃんの心の支えでした。看護師への道は、みゆきさんにとっては必然の選択だったのでしょうね。 

桜が舞う道を自分より大きなランドセルを背負って歩くピカピカの一年生。街に出ればリクルートスーツに身を包んだ新社会人たち。皆の表情には、ちょっぴりの不安と大きな希望があふれています。東京駅新幹線ホームには転勤で旅立つ人と見送る人の交歓など、出会いと別れは世の常とはいえ少し感傷的な気分にもなります。 

めぐる季節の中で、日本には十二月と一月の年末年始を、三月と四月の年度末年度始めをひとつの区切りとして大切にする習慣があります。 

「豊かな人生は、節目節目を大切にしてきた人に微笑む」そんなことを考えながら、みゆきさんの看護師への挑戦の旅が、ピカピカの一年生たちの未来が、社会へ巣立つフレッシュマンたちの前途が洋々たらんことを願わずにはいられません。  

    若竹の空へ空へと伸びる朝

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