- 年の瀬にあたり(2021.師走)
- きょうは敬老の日(2021.9.20)
- きょうは父の日(2021.6.26)
- きょうは母の日(2021.5.9)
- 入学シーズンに寄せて(2021.4)
年の瀬にあたり
2021.師走

今年も読売新聞をご愛読いただき、誠にありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。
令和三年はコロナ感染の急増により一月八日に緊急事態宣言が発出され、波乱を予感させる幕開けとなりました。うれしかったこと、辛かったこと、様々なことを思いながら今年を四つのキーワードにしてふり返ってみたいと思います。
一つ目は「禍」です。コロナ禍と自然災害は今年も列島に襲いかかり、私たちを苦しめています。それでもコロナの猛威はワクチンの普及と国民の自粛により、少しずつ収束に向かっているようですが…。また首都圏では直下型地震を思わせる強い揺れがあり、さらには海底火山の噴火により大量の軽石が漂流し、各地に大きな被害をもたらしています。今年も自然の脅威はあとを断ちませんでした。
二つ目は「祭」。コロナ下での平和の祭典オリンピック、パラリンピックは見事に成功しました。そして世界に向けコロナに負けず前に進もうと勇気と希望を発信することができ、国民の心がひとつになった夏となりました。
三つ目は「躍」。和製ベーブルース・大谷翔平の圧巻のMVP満票受賞、松山英樹のマスターズ制覇、そしてオリンピック・パラリンピック選手団の大活躍は国民を大いに勇気づけてくれました。十月には真鍋淑郎博士がノーベル物理学賞を受賞、さらに、伝統ある音楽コンクールでも日本の若き芸術家たちが快挙を成し遂げてくれました。世界で活躍する日本人は私たちの誇りです。そして十一月には、将棋の藤井聡太三冠が遂に竜王位を獲得。恐るべき十九才です。
四つ目は「貫」とします。十年間一途な恋を貫いたプリンセス眞子。多くの障害を乗り越えて小室圭さんとの愛を実らせた眞子さんに今はただ「お幸せに!」と祝福のエールを送ります。
また同じ十一月には作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんが九十九年の波乱の生涯に幕を閉じました。
「情熱と愛のままに」新聞の見出しそのままの人生だったと聞いております。かつてのテレビ番組で「日本語ってひっくり返して読むと面白いのよ。家出と出家、私は両方ともしちゃいました」と語っていたのには、思わずクスッとしてしまいます。
「禍、祭、躍、貫」に象徴された令和三年も残りわずか。大晦日の紅白歌合戦を観て年を越す、正月には箱根駅伝で激走する若者たちに声援を送る。やっぱり日本ていいですね。
悲喜こもごもの令和三年。何気ない日常のありがたさが身にしみる年でした。来年こそコロナが終息し平和で実り
多い年になることを願います。
皆様よいお年をお迎えください。
きょうは敬老の日
2021.9.20

コロナ禍と猛暑、そしてパンデミックの中で実施された東京オリンピック・パラリンピック。思えば無観客をはじめ、すべてが異例ずくめの大会でした。それでも世界の一流アスリートのひたむきで力強く華麗な競技や演技に、テレビの前で声援を送りながら酔いしれた方は多かったのではないでしょうか。そして、アメリカで活躍する和製ベーブルース大谷翔平は、今や日本人の誇りですらあります。どんな時でもスポーツは人々を純粋にし勇気づけてくれるものなんですね。
毎年敬老の日を迎えますと、8月の終戦記念日を思い起こします。今年は開戦からちょうど80年、終戦から76年の年となり、気になるのはあの戦争が、はるか昔の出来事のようになってしまった印象すらあることです。加えてこの悲惨な体験をされた方もどんどん少なくなっています。決して風化させてしまうことがあってはなりません。コロナ禍という苦しい時だからこそ今を生きる者として、戦後の復興から繁栄を支えてくれた皆様への感謝の念を改めて確認させていただきます。
過日、今年90歳になる老僧とごく少人数で話をする機会に恵まれました。師曰く「コロナは戦争と一緒で皆の心に分断と傷跡を残してしまったな。人は誰でも自分の中に他人には言えない闇を抱えて生きている。その暗闇に少しでも灯をともしてあげるのが私らの務めなんだが…。トルストイではないが、幸福な家族はどこも似たようなものだが、不幸な家族は皆それぞれの形で不幸なんだな。それでも人は生き続けるんだよ。トンネルの先の光を求めてね」。心にしみる法話でした。生きるということは百人百様、千差万別の広がりがあることを感じたものです。聞けば『生』という漢字、15くらいの読み方があるらしいですね。どうぞお試しを(笑)。
少子化と人口減少、自然災害の頻発、そしてコロナの後先をどうするのか等々、日本が抱える悩ましい問題が山積しています。そんな難しい時代だからこそ、きょうの敬老の日を迎えられた皆様の豊かな経験と知恵が、私どもへの良き道標になると信じます。
きょうは敬老の日、皆様の末永いご健勝とご多幸を
心よりお祈り申し上げます。
きょうは父の日
2021.6.26

今年の列島、梅雨入りが西日本は平年より三週間も早いのに、東日本はなかなか宣言がでず、やきもきさせられる梅雨入りでした。コロナ禍も一年半におよび、最近は雨雲を見上げながら「雨よ、降るのはいいが、ついでにコロナウイルスも洗い流してくれないか」などと愚にもつかないことを呟いてしまいます。
時々テレビから流れるコマーシャルソングが心地よく耳に入って来ます。娘の成長を撮り続けたビデオがスクリーンに。聞こえて来る八代亜紀さんの歌声。何かしみじみとしコロナ禍の我慢の日々が救われたような気持ちになります。
五十代女性の手記を紹介しましょう。「昔、お転婆だった私がいたずらをして帰ると、玄関で恐い顔をして待っていた父、しばらく家に入れてもらえなかった。でも母親とは違う形で愛情もたくさんくれました。休みの日など機嫌が良いと散歩に連れていってくれます。帰りに寄る駄菓子屋さんで
「好きなものを買っていいよ」と言ってくれた父のまなざし。大きな手でくれる百円玉の感触が残っています。初めてお付き合いをしていた人を紹介した日、顔をこわばらせ何とも複雑な顔をしていた父。その父も既に八十歳を超え、背中には老人の哀愁がただよっています」と綴られていました。
娘というものは、いくつになっても父親にとって特別なもの。何を言われても腹が立たない、何を言われても苦笑して許してしまう。それが父親の喜びであり矜持でもあると言ったら大げさでしょうか。
「お父さん!あの時はごめんね。父さんの私を見る目がうざくていつも反発ばかりしていた。でも今、私も人の親になって父さんの優しい気持がよくわかるよ。ありがとう」。こんな声があちこちから聞こえてきます。
年寄れど 娘は娘 父の春(立子)
『ひとりの父親は百人の教師にまさる』
いつも見えない所で私たちを力強く支えてくれるお父さんに
感謝の心を伝えたいと思います。
きょうは父の日「父さん!パパ!いつもありがとう。いつまでも元気でね」。
きょうは母の日
2021.5.9

道端に咲く草花、石垣を割るようにしてたくましく茎をもたげる雑草に目を奪われます。すべてが躍動感あふれる季節となりました。でも季節の巡りとは裏腹に新型コロナウイルスの脅威は一向に衰えず、私たちは自由という翼を半分もぎ取られ、芽ばえる不安やいらいら感がささくれ気味の心に刺さってくるようです。
少し深刻になってしまいましたね。気分を変えていきます。今、私の前をあどけない保育園児が十数人、手をつなぎながら通り過ぎていきました。先生と話をしている子、歌をうたっている子、中には泣いている子もいます。そして先生の言いつけを守り黙々と横断歩道を渡っていきました。きっとこの子達、夜は遊び疲れてお母さんの胸でぐっすり眠ってしまうんでしょうね。皆、日本の将来を担う宝物ばかりです。「たくさん食べて早く大きくなれよ」思わずつぶやいていました。彼らのためにもしっかり社会をつないでいかなくては。
皆さんは『母親』という言葉からどんなイメージをお持ちですか。「心の拠り所」、「無償の愛」、「苦労・苦労」、「怖い女(ひと)」とおっしゃる方もおられるようです。
嫁と姑、親と子、この永遠の課題を、亡くなられた橋田壽賀子さんはユーモアとペーソスを交えながら見事なドラマに仕立て上げています。世間が豊かさと自由を享受し、それぞれが自我をぶつけ合うと新たな家族戦争に発展していく。いつの間にか自分のことに置きかえ見入ってしまいました。橋田作品のテーマは家族。どこにでもある家庭に起こる様々な事件や揉めごとを取り上げる。そして主役は女性、それも母親です。父親では捌けないトラブル、最後はお母さんの女らしい強さや優しさが決め手となります。
何かと気分が晴れない日が続きますが、最近三人のアスリートの快挙には本当に励まされました。池江璃花子選手の奇跡の東京五輪出場、照ノ富士関の序二段陥落からの不屈の大関復帰、そして松山英樹選手のマスターズ制覇です。三人には大あっぱれを差し上げましょう。長いトンネルを抜け出た池江選手の大粒の涙が美しくて忘れられません。
きょうは母の日。さわやかな五月の空だからこそ、さわやかな気持ちで伝えたいと思います。
「おふくろ! 母さん! ママ! いつもありがとう。いつまでも元気でね」
入学シーズンに寄せて
2021.4

今年も入学シーズンがやってまいりました。小学校・中学校・高等学校と、今週は入学式を執り行う学校が多いようです。
思えばちょうど一年前のこの時期、新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態に見舞われ、大学も含めた多くの学校が卒業式・入学式を中止もしくは制限付きでの挙行を余儀なくされました。あれから一年、私たちは情報を得、知恵を絞り、様々な対応策を行ってきました。多くの人たちの努力と工夫で対策をしながら、今年は入学式を迎えることができます。
読売新聞オンラインの記事によると、昨年中止となった新入学生のために一年遅れの入学式を行っている大学もあるとか。そして今年は、東日本大震災から十年。当時も入学式を迎えることのできなかった学生がたくさんいました。気持ちの区切りともなる入学式、人生の中で当たり前のように迎えてこれた自分は恵まれていたのだと今さらながら実感しております。
なんとか散らずに粘ってくれている桜の花を探して近所を歩いてみると、自分の背中より大きいほどのランドセルを背負った子どもたちを見かけます。かと思うと今度は、肩幅や袖丈が大きめの真新しい制服に身を包んだ生徒さんとすれ違います。コロナ禍でマスク着用という違いはあるものの、今も昔も、その初々しさ、眩しさは変わらないものですね。
海外では珍しいと言われている入学式ですが、日本ではやはりこの時季の風物詩のひとつと言えるのではないでしょうか。最後の入学式から数えてもウン十年経過している自分さえも、何か始めてみたくなるような、そんなパワーをお裾分けしてもらえるような、不思議なシーズンです。
新入学生の皆さん、どうぞその成長著しい年頃である今、正しい情報を見極める力、やっていいことと悪いことを区別できる判断力などを存分に養っていってください。世の中では、天災だけでなく痛ましい事件も後を絶ちません。明日が少しでも良い方向へ向けば、そのまた明日も良い方向へ…少しずつでも前へ進められたなら、未来はきっと明るいものとなるでしょう。新しい環境へ一歩踏み出す皆さんの未来が、輝かしいものとなりますよう心よりお祈り申し上げます。
そして入学式を迎えるお子さんのお父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、これまで支えてこられた周りの皆さん、ご入学おめでとうございます。
皆さんにとっても晴れの日ですね。お子さんたちに「おめでとう」と声を掛けるときは、是非ご自身にも「おめでとう」の言葉をお忘れなく。
あらためまして、この春ご入学の皆様、おめでとうございます。
