- 年の瀬にあたって(2022.師走)
- きょうは敬老の日(2022.9.19)
- きょうは父の日(2022.6.19)
- きょうは母の日(2022.5.8)
- 春よこい(2022.早春)
年の瀬にあたって
2022.師走

色あざやかな紅(黄)葉で私たちの目を楽しませてくれたもみじも銀杏も、今はすっかり葉っぱを落とし、冬装備完了といったところです。
今年も読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございました。
令和四年は皆様にとってどんな年だったでしょうか。「初孫が生まれてねぇ…」、「息子が結婚してくれ、ホッとしています」かと思うと「尊敬する先輩が二人も亡くなってしまい、世の無常を感じています」など悲喜こもごも色々な声が聞こえてきます。
二月末にはロシアがウクライナに侵攻した。平和な日本に長いこと暮らしていると及びもつかないことですが、これが厳しい国際社会の現実なんですね。ウクライナの悲劇は決して他人事ではありません。
四月には北海道知床で遊覧船が沈没し、多くの尊い人命が奪われました。ところが、その後の社長会見は余りにも誠意がなく、これでは「亡くなった方々の無念は…」とやるせなくなるばかりです。
七月八日、「安倍元首相撃たれる」の悲報はあまりにもショッキングでした。治安のいいはずの日本でどうして? 喪失感がつのります。
円安による値上げラッシュや出口の見えないコロナ禍、度重なる自然災害など今年も不安の種は尽きなかったようです。
それでも、明るい元気の出るニュースもたくさんありました。大谷翔平選手の大リーグの歴史を次々とぬり変えていく驚異的活躍と村上宗隆選手の神がかり的活躍は、今でも興奮が蘇ってきます。そして締めは何といっても、遠くドーハの地でのサムライたちの大熱闘です。心から「感動をありがとう」と言います。
さらにスポーツだけでなく、実業の世界でも芸術の世界でも多くの若者が、今年も活躍してくれました。
日本の将来に何かと悲観論を耳にすることが多いようですが、彼らの活躍に接するたびに
「まだまだ日本は捨てたものじゃないぞ」と勇気がわいてきます。
令和四年もいよいよ残りわずかとなって参りました。今年を振り返りながら大掃除をしてお正月の準備。大晦日は、紅白歌合戦を観て除夜の鐘を聞く。
お正月は、箱根路をひた走る若者たちに声援を送る。やはり
日本っていいですね。
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。
きょうは敬老の日
2022.9.19

猛暑だった今年の夏も二百十日を過ぎる頃からわずかながら秋の気配が見え始め、明日の彼岸の入り辺りからは本格的秋の訪れがのぞめそうです。
先日、カフェでひと休みしていた時、向かいの席にすてきな老紳士がおられました。年の頃は八十代前半といったところでしょうか、白髪で、麻のジャケットをさりげなく着こなし、静かに本を読んでおられる。周りが少々騒がしかろうと落ちついたもの。「かっこいいなあ、自分もいずれあんなお年寄りになれたら」などと叶わぬ夢を見させてもらいました(笑)。
世の中には、その人がいるだけで周りが明るくなる。何となくいい雰囲気を持っている人っているものですね。
祖母への思いを綴った中学生の詩です。
『おばあちゃんのおまじない』
優しくなあれ 賢くなあれ 雄々しくなあれ
僕のアタマをなでながら繰り返す祖母
一体このおまじないをどれだけ聞いたろうか
何せ三歳の時からだから
おかげで僕の体は「優・賢・雄」でいっぱいだ
おばあちゃん! ありがとう
お孫さんとおばあさんの交流がすてきです。
令和の世も既に三年が経過しています。航海を続ける日本丸は、多くの難題を抱えた荒海にいるようです。一向に収束の目途が立たないコロナ禍は一体どこに出口があるのだろうか。頻発する地震や度重なる集中豪雨は、やはり地球温暖化が影響しているのだろうか。
そんな不安な時代、きょうの敬老の日を迎えられた皆様は、八十歳以上の戦前派と七十代の戦後派に分けることができます。八十歳以上の方々は戦争を体験し、その悲惨さを肌で感じてこられました。一方七十代の方々は戦争体験はないものの団塊の世代を始めとして豊富な労働力で昭和四十年代以降の高度成長を支えてこられました。まさに戦前派と戦後派の合作が現在の日本の繁栄の礎と言えましょう。
試練が続く令和四年。迷うことの多い日々です。そんな時こそ人生経験豊かな皆様の助言や励ましほど大きな力になるものはありません。どうぞいつまでも私たちを見守りご指導ください。
きょうは敬老の日。皆様の末永いご健勝、ご多幸をご祈念申し上げます。
きょうは父の日
2022.6.19

梅雨の晴れ間に陽光を浴びて紫陽花が美しく花をつけていました。
いつも読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。
のっけからサラリーマン川柳で失礼します。『会社へは 来るなと上司 行けと妻』『我が家では 最強スクラム 妻・娘』ー何ともお父さん、いじられ放題ですね(笑)。
今年の大型連休は、三年ぶりに行動制限もなく行楽地は大いに賑わいました。どこでもお父さんが大活躍で、バーベキューでは汗びっしょりになりながら肉を焼くお父さん。子供にせがまれ肩ぐるまをするパパ…。久しぶりに家族を連れ帰省したAさんは、八十歳になる父親と酒を酌み交わしながら、改めてその器の大きさに触れ「五十になったとはいえ、俺はまだまだおやじには及ばないな」と感じたそうです。
四十歳のKさんは、シングルファザーとして二人のお子さんを育てている。最近Kさんは母の日に十二歳になるお嬢さんから手紙をもらいました。「パパ、いつもママの役目まで果たしてくれてありがとう。パパ、好きな人がいるのでしょう? そんなに悩まなくてもいいよ。弟も私も賛成だよ。きょうはパパに感謝して二人から○を二つあげます。だからきょうのははの日は、ぱぱの日です」。
母親が生きていく為の愛情や感謝を子供達に伝えるとすれば、父親は社会に向き合う姿勢や根本的価値を教える。この二つの役割にきょうも奮闘しているKさんに「あっぱれ」を差し上げましょう。
連日報道されるウクライナの悲劇。国外に避難する家族と祖国の為に戦いに出るお父さん。別れの時、父親にすがって泣きじゃくる幼子。あまりにも辛い光景です。今はただ「無事に坊やの所に帰ってきてくださいね」と祈るばかりです。
戦地へ赴くお父さんもいれば、日本で家族の為に一生懸命働くお父さんも
いる。いつでもどこでもお父さんの目方は、やはり重量級です。
きょうは「父の日」。いつもはなかなか言えない感謝の気持ちを
伝えたいと思います。
「おやじさん、父さん、パパ! いつもありがとう。
いつまでも元気でね」。
きょうは母の日
2022.5.8

風薫る五月となりました。木々の緑も吹く風もすべてが気持ちよく、本来であれば一年で最も過ごしやすい季節のはずですが、今年もコロナ禍は晴れたり曇ったり、加えて大国の指導者の身勝手なふるまいが世界を撹乱し私たちの心を暗くしています。
それでも自然は正直で、二月には寒さをつき破るように梅が花をつけ、彼岸の頃には桜が開花し、四月になるとチューリップやツツジが、そして五月にはバラやハナミズキたちが咲き誇り、私たちを楽しませてくれます。
先日、車内で「ほっこり」する光景を目にしました。電車が駅に着きドアーが開くと、乗ってきたのはベビーカーを押したお母さんと一歳くらいの可愛い赤ちゃん、二人は私の向かいの席に座りました。しばらくすると、お母さんが赤ちゃんにニコッと微笑んで赤ちゃん言葉で話し始めるのです。ほっぺをさわったり、けらけら笑わせたりと二人だけの世界を作っていきます。そのうちに周りの乗客たちにも、微笑ましい二人につられるように笑顔の輪が広がっていきます。つかの間とはいえ、母子の周りはなごやかな優しい空気に包まれ、私もおかげで幸せな気分に浸ることができました。
でもこんな母性あふれるお母さんの愛情をたっぷりもらって育つ赤ちゃんがいる反面、幼子を虐待する事件もあとを絶ちません。これも豊かな国、日本の現実です。「どうしてこんなことが…?」空しくやるせない気持ちになるばかりです。
人の優しさとか酷さ、そして悲しみとか幸せなどに思いを巡らせていたら松田聖子さんが歌う「瑠璃色の地球」の一節が浮かんできました。人々は地球という星の旅人。そこで起きる様々な出来事は生きている証。素晴しい出会いも大切な人との悲しい別れも皆生きているからこその贈り物や試練。人はお互いを信じ、愛を確かめ合えるから生きていける。歌詞の奥深さと母なる地球の愛を感じます。
きょうは母の日。いつもは伝えられない感謝の気持ちを
伝えたいと思います。
「おふくろさん、母さん、ママ! いつもありがとう。
いつまでも元気でね」。
春よこい
2022.早春

立春から二十日余りが経っているとはいえ、窓から見える木々や草花は、まだ厳しかった冬の寒さに震えているようです。
先日、自宅近くの公園に梅を観に行ってきました。あらゆる品種がところ狭しと植えられているのに花を咲かせているのはまだ半分ほど。それでも紅冬至や白加賀などが紅や白の花をつけ、その一枝に春を告げるウグイスを見つけ、何か得した気持ちになりました。冬の寒さに耐えて咲く梅の美しさは、芯の強い凜とした女性にもたとえられます。
二月四日には冬季五輪が北京で開催されました。雪と氷の上を舞台に繰り広げられた祭典、日本の誇り高き若者たちの美しくも力強く佳麗な演技や競技に魅了された十七日間でした。さらに三月四日からはパラリンピックが行われます。いろいろ不協和音があった大会とはいえ、やはりスポーツの純粋さと選手のひたむきな姿は、私たちに感動と勇気を与えてくれます。
ベランダの睡蓮鉢で元気に泳いでいたメダカたちは今、藻にもぐって冬眠中です。でももうすぐ大地の温みに誘われて動き出すことでしょう。春の足音が聞こえてくるようです。
「自分たちの春は一体いつ来るんだろう」マスクを手離せない日々、三密に気を使い、不自由を強いられての二年間。やるせない気持ちが消えません。
「そんなに悲観することはないよ。止まない雨はないんだから。今は辛い体験という修業をしていると思えばいい。必ず幸せな日が来るから。辛と幸はコインの裏と表なんだよ」老師に言われた言葉に「はっ」とさせられます。
人は笑いが多いほど健康でいられると聞きます。こういう時だから
こそ、ちょっとした思いやりと優しさをもって毎日を暮らせたら
いいんでしょうね。
梅一輪一輪ほどの暖かさ(嵐雪)
本当の春はもうそこまで。時節柄どうぞご自愛されお過ごしください。
