- 年の瀬にあたって(2025.師走)
- きょうは敬老の日(2025.9.15)
- きょうは父の日(2025.6.15)
- きょうは母の日(2025.5.11)
- 旅立ちの季節(とき)・春(2025.桜の咲く頃)
年の瀬にあたって
20253.師走

猛烈な暑さに見舞われた夏、短かった秋、そして季節は進み、厳しい冬に。何とも目まぐるしかった令和五年も残りわずかとなりました。
今年も読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございました。
皆様にとって令和五年は、どんな年だったでしょうか。悲喜こもごも、きっと色々なことが思い出されるのでしょうね。
新年は箱根駅伝で幕が明け、駒澤大の圧倒的強さと寒風の箱根路をひた走る若武者たちの勇姿に希望をいただきました。
三月に行われた野球のWBCは、日本中が興奮と熱狂に包まれ、特に準決勝、決勝で大谷翔平選手が見せた燃えるような闘志には、感動を超えた感動がありました。栗山ジャパンには心から「ありがとう!」を伝えたいと思います。
十月には、将棋の藤井聡太竜王が前人未到の八冠制覇を成し遂げ、日本中が沸き返りました。大谷翔平と藤井聡太は、神が使わせし『野球の申し子』であり『将棋の申し子』なのでしょうね。
明るいニュースの反面、暗いニュースも少なくありません。泥沼化するウクライナ戦争に加え、またまた起きてしまった中東の悲劇。戦争が起きれば、いつも悲惨な目にあうのは罪のない一般市民。ただただ心が痛みます。
異常気象と地球温暖化、円安と物価高、そして少子化と人口減少は、日本が抱える最大の試練かもしれません。
朝の配達を終え、自販機の缶コーヒーを飲みながら、ひと休みをしていると、散歩中のお年寄りから声をかけられました。「おはよう、いつもご苦労さま! 毎朝、読売新聞を楽しみにしているよ。寒くなるから風邪をひかないようにね…」。思わぬ激励にほっこりさせてもらった朝でした。
「憧れるのをやめましょう」、「生成AI」、「闇バイト」など多くの流行語が生まれた令和五年でしたが、何といっても「アレ」、阪神タイガース三十八年ぶりの日本一が、めでたく今年を締めてくれました。巨人ファンとして少し悔しいのですが、岡田阪神には「あっぱれ!」を差し上げます。
三年に及ぶコロナ禍もやっと収束が見え、日々の暮らしも落ち着きを取り戻しつつあるようです。
泣いたり笑ったりの令和五年も残りわずか。日頃のご愛顧に感謝し、新しい年が皆様にとりまして幸多い年となりますことをご祈念申し上げ、年の瀬の挨拶と致します。
きょうは敬老の日
2025.9.15

灼けるような太陽と猛暑を通り越し炎暑ともいえる日本列島。こんな見出しになりそうな今年の夏でした。いや、まだまだ厳しい残暑は続いております。もう秋のお彼岸が近いというのに。
日頃は読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。
敬老の日についてひとくさり(笑)。敬老の日は、昭和41年に国民の祝日になっているのですね。当時65歳以上の高齢者は600万人余りで、人口は約1億人でしたから高齢化率は6%とごくわずかでした。ですが、それから60年近くが経った現在は、高齢者3千700万人と大幅に増え、高齢化率は30%に迫っております。そこには戦後80年、日本の復興から繁栄の原動力になった皆様がおられます。
先日、長いおつきあいをしているKさんが77歳の喜寿を迎え、その心境を手記にして送ってくださいました。その一部を紹介させていただきます。
「信じられない速さで時は過ぎていく。気づいてみたら77歳だ。子供の頃、70歳のおじいさんは仙人に見えた。まさか自分がその年を越えていようとは。
人生のホームストレッチにさしかかり、改めて己の心がけを考えてみた。まずは5年前から毎月専門紙に寄せているコラムを100号まで続けたい。今は60号だ。次に若い頃は読書嫌いだったが、大いに反省している。これからは本を読むことを心がけたい。但し難解な本は無理だから小説やエッセイなどがいい。
8月にたった2日であったが、縁あって学童保育の見守りのお手伝いをした。小学1年生から3年生までの25人が私を見て物めずらしげに寄ってくる。キラキラと輝いた目と無邪気に駆け回る子供たちにホッとしながら、超少子化の未来が気になった。……」。
Kさんは、昭和23年生まれの団塊世代。この年の出生数は270万人だったそうです。現在は70万人を割ってますから、確かに心配になりますね。
猛暑と洪水災害、急激な物価高、令和の米騒動と熊騒動。不安をあげると切りがない今年の夏でした。
「生きるってことはね、苦が7割、楽が3割よ」。90歳を超えた老婦人の言葉が続きます。「嘆かず泣かず今できることをコツコツとやることね。必ず道は開けますよ」。落ち着いた物腰からの言葉が心に染み入ります。
秋の訪れを待ちわびながら、年後半への意欲をかき立てております。
〈老いてなお 鈴虫の音に 凛となれ〉(覚)
読者の皆様、どうぞご自愛されお過ごしください。
きょうは父の日
2025.6.15

梅雨の晴れ間に太陽が顔をのぞかせ、陽光が紫陽花を一層鮮やかに映し出しています。
早春が梅にうぐいすならば、梅雨時は紫陽花にかたつむりがお似合いでしょうか。
日頃は読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。
〈母の日の ついでに父の日 ありがとう〉
思わず苦笑してしまう川柳ですが、本質はよく突いています。
昭和の時代は、お父さんが外で働き、お母さんは家を守るのが一般的な家庭でしたが、平成から令和の世は、お父さんもお母さんも外で働き、二人が協力して家を守るようになってきています。
ですが、おもしろいのはそこに微妙な力関係が働き、お母さん優位の家庭が多くなっているようです(笑)。
父の日の意義とは?などと少しらしくないことを考えておりましたら、先日参列した葬儀を思い出しました。私が心を動かされたのは、会葬礼状に接した時です。それは普通の礼状ではなく亡き父への感謝状といえるものでした。喪主の了承をいただき一部を紹介させていただきます。
「それから幾歳月、高度経済成長の波にもまれながらも自ら事業を立ち上げ一途に励み、今日という日を築きました。昔はとにかく忙しく、私たちは働く後ろ姿ばかりを見ておりましたが、今思えばそれこそ一番の教えだったように感じています。子供三人ここまでこられたのも、孫たちにまで命のたすきが繋がっているのも、父の背中が前にあったからこそと改めて感謝の思いがこみ上げます」。(抜粋)
父の背中を見て育つ。文字通り三人はお父さんの働く姿を見て育ったのですね。
父親とはこうあるべきだとか、こうあらねばならないなどと野暮な『べき論、ねば論』は申しませんが、時代がどんどん変わるように父親像も移り変わっているようです。
昭和の世は強くて頼り甲斐のある父親、平成は子供の話をよく聞いてくれるお父さん。さて令和の世は…? 色々な父親の姿が目に浮かんできます。
昔、父から言われたことがあります。「人にいらぬ説教はするな。人の話を聞ける人物になれ」と。
きょうは父の日。母の日に比べるとやや地味な印象は拭えませんが、やはりお父さんは一家の大黒柱です。
少し照れくさくはありますが、きょうこそは日頃の思いを伝えたいと思います。
「父さん、おやじさん、パパ、本当にありがとう。感謝しています」。
きょうは母の日
2025.5.11

令和七年の四半期は、異常気象の影響なのか豪雪による災害や幾多の山林火災が発生し、自然の恐さを見せつけられる思いでした。それでも四月になると日一日と春本番の装いが整い、一年で最も気持ちの良い五月がやって参りました。
改めましていつも読売新聞をご愛読いただき誠にありがとうございます。
『母』という言葉から連想するもの…? 母なる河、我が母国、母なる大地、なかには家族というチームの監督兼選手だという人もおり、そこには大きな愛や優しさ、無限の包容力がひそんでいるようです。
寅さんシリーズを始め、たくさんの名作を世に送り出した山田洋次監督の映画制作のテーマは『家族』。家族というかけがえのないもの、それでいてやっかいこの上ないもの。この一見矛盾した共同体に人が生きていく意味があるといいます。
いつも旅ばかりしている寅さんを遠く柴又の地で案じながら待つ母親のような妹さくら。「母べえ」、「母と暮らせば」や「こんにちは、母さん」の母三部作では、戦時中、戦後、さらには令和の世の母親像をそれぞれの時代背景の中で表現してくれました。
かつて友人から聞いた若い頃の話が大変印象的でした。 日曜日の午後、ひとり自宅でのんびりしていると突然母親が訪ねてきたそうです。「最近は何を食べているか気になってねぇ」と手提げ袋から取り出したタッパーには手作りのカレーがたくさん入っていました。息子の大好物を知っていた母。彼は子供の頃、弟と競って三杯も食べたことを思い出しながらいただいたそうです。
母が右足をかばいながら歩くのに気付いたのは、近くの駅まで送る途中でした。聞けば、足首をひねってしまったとのこと。そんな時に無理をしなくともと言うと、母は「急に顔が見たくなってねぇ」。駅の手すりを頼りに足をかばいながら歩く母。彼はその時思ったそうです。「駅の階段って、なぜこんなに高いのだろう」と。
子供たちの育児に毎日てんてこ舞いのママ。仕事と家事の両方に頑張るお母さん。年をとったが、元気に暮らしているおふくろさん。今は天国の母。母親とは何かにつけて子供のことばかりが気にかかるものなのですね。
今日は母の日。
「母さん、ママ、おふくろさん、本当にありがとう! 感謝してるよ」
旅立ちの季節(とき)・春
2025.桜の咲く頃

寒風に立ち向かうように梅が凛として花をつけ、時はさらに進みソメイヨシノの開花のたよりも聞こえます。いよいよ本格的春の到来を予感させる今日この頃です。
改めまして、いつも読売新聞をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
春は卒業式や入学式、入社式や職場の人事異動など別れと出会いが交錯する季節でもあります。そこには涙と笑顔、励ましの声など春らしいわずかなゆらぎと気負いが感じられます。
はるか昔、読売育英奨学会の卒業式で聴いたゲストの話を印象深く思い出しています。実社会でたくましく生きていくには『しなやかで美しい心』を養えというものでした。しなやかな心…? 戸惑っていると講師は「しなやかな心とは柔軟で折れにくい心です。美しい心とは他者への思いやりと感謝できる心です」と結んでくれました。この言葉は今も私の座右の銘となっています。
先日、髙校を卒業したばかりの息子を持つ友人と食事をした時、「来週、息子の一郎が警察学校へ入校するんだよ。大学を出てからでも遅くないだろうと言ったんだが、俺に似て頑固でね…」と困惑げに打ち明けてきました。聞けば、一日も早く実社会に出て人の役に立つ仕事に就きたいとのこと。
父親として心配するのは当然としても、一郎君は自分の将来を精一杯考え抜いての決意だったのでしょう。今は心からエールを送りたいと思います。
卒業式のことを英語ではコメンスメントといい、新しい出発という意味ですが、一郎君だけでなく、すべての新たな出発をする人たちにとって、春は節目となる生活の始まりなのかもしれません。
立春から啓蟄、春分と春はめまぐるしく時を刻んでいきます。岩手県大船渡市の山林火災で被災された方々に心からお見舞い申し上げますと共に、能登半島地震で被災された方々にとっても文字通りの春が一日も早く訪れることを願うばかりです。
春とはいえ、朝晩はまだ冷え込む日も少なくありません。どうぞご自愛の上お過ごしください。
